某プロサインコレクション vol.37 青木功 Isao Aoki

      2021/01/04

青木功 Isao Aoki

 

青木 功(あおき いさお、1942年8月31日 – )は、千葉県我孫子市出身のプロゴルファーである。日本プロゴルフツアー永久シード保持者。2016年から日本ゴルフツアー機構(JGTO)会長。1980年に全米オープンで準優勝、1983年には日本人で初めてPGAツアーで優勝を果たすなど、尾崎将司(ジャンボ)、中嶋常幸と共に「AON (エーオーエヌ)」と呼ばれる日本を代表する名ゴルファーの一人である。日本ゴルフツアー通算51勝は歴代2位。

  • 1980年の全米オープンでは、準優勝。 (優勝はニクラスで、青木は2位。共に当時の優勝レコードを塗り替えての1、2フィニッシュ。これは現在に至るまで、日本人男子選手のメジャー大会最高成績である)
  • 同年の全英オープンでは、3日目に最小スコアレコード「63」を叩き出している。 (2010年現在も、タイ記録)
  • ハワイアン・オープン優勝は、最終日・最終ホールでピンまでの距離128ヤードのショットでチップインイーグルを決めて、2位に1打差の勝利であった。1打差でリードしたままホールアウトしたジャック・レナーがスコアカードを提出しているさなかの奇跡の逆転であった。同ショットは米国にて、80年代を代表する印象に残るショットの一つに選定されており、このショットで使用したパワービルト社製のPWピッチング・ウェッジは、世界ゴルフ殿堂の施設内に展示されている。なお、128ヤードは勝利の翌日青木が歩測して確認した数字であり、翌日同じ場所から同じクラブで何度打ってもバンカーにつかまり、グリーンに届かなかったという。

@今までの全てのサインは自分が直接書いて貰ったものですが、今回の青木功プロは唯一、私のゴルフのご贔屓筋が青木プロと会食をするというんでサイン帖を渡して書いて頂きました。
でも、それまで青木さんとしょっちゅうニアミスはしてるんだよね。

当時はパチンコにハマってて溝の口のエスパスを筆頭に色んなパチンコ屋に出入りしてたんだけど、目黒区にもお気に入りの店があって毎日行ってた時期もあったな。そこに夕方になると青木プロが奥さんと海物語を打ちに来るんだよね。で、自分も海物語専門だったんでいつも同じシマね(笑)隣で並んで打つ事もたまにあるんだけど、青木さんってビックリするぐらい手足が長くてガニマタにならないと座れないから隣までヒザがハミ出してきちゃって迷惑なのよね、でも世界のAOKIだからまいっかってカンジね(笑)パチンカーってお互いの顔は知ってても会話なんて滅多にしないからそれっきりなんだけどイイ思い出だな。

青木プロは国内外の様々な試合で活躍したのは皆さんもよくご存じだと思いますが、まずその筆頭にくるのが日本人初のUSPGAツアーの優勝を果たしたハワイアンオープンだろうね。自分はサンディエゴのTVで興奮して見てたんだけどその時の感想をここで↓書いてるんでお暇な方は飛んでみてください。

http://bouprogolfer.me/post-3946/某プロサインコレクションvol.23 ジャック・レナー

ハワイアンオープンの
翌週にサンディエゴオープンが来て、1週間毎日観に行ったんだけど、その時に出場した日本人プロはジャンボ尾崎、ジェット尾崎、トミー中嶋の3人だったかな。中嶋プロは初日に63で回ってトップに近かったんじゃないかな。そのあと失速しちゃったんだけどね。で、自分が日本に帰った翌年に青木プロがサンディエゴオープンに出たのね。前年に一緒に観戦した日本人のY君はまた観に行ってその際にサンディエゴに不慣れな青木さん夫妻を自分の車で案内したりして仲良くなって日本に帰って来て青木さんの会社に入っちゃったのにはビックリしたな。自分もその時まだアメリカに居たら人生が変わってたかもしれないね。コロナ禍が落ち着いたらまたY君と昔話に華を咲かせたいな♪
現在の青木プロはJGTOの会長をやりながらTV解説と多忙な毎日みたいだけど、まだまだプレーの方も頑張って欲しいと思いますね。ではまた!

 
 


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